水晶:星に願いを

2016/03/25
ブラジルの水晶とスターマイカのクラスターです。

今更あえて買うようなものなのか?と思いがちな取り合わせ。
でも、その基本に立ち返ったような美しい水晶ポイントと可愛いスターマイカのまとまりに惹かれました。

水晶+スターマイカ_ブラジル1

これを見ていると、石に惹かれ始めたころのワクワクを思い出すのです。
水晶+スターマイカ_ブラジル2

可愛いスターマイカにもロックオン。
水晶+スターマイカ_ブラジル3

「わー綺麗だなーv」「え~こんなのもあるんだ~」
そんな風に見るもの手当たり次第欲しかったころ。
水晶+スターマイカ_ブラジル4

スターマイカが特に好きというわけではないのだけど、このクラスターは妙に可愛らしくてどこか小動物を思わせたりもするのでした。
水晶+スターマイカ_ブラジル5

Quartz&Muscovite 水晶・白雲母(すいしょう・しろうんも)
Itinga MinasGerais Brazil



今日は娘の大学の卒業式でした(私は行ってません)
中高一貫だったせいもあってか、大学の4年はとても短く感じました。しかも就活もあったりで、卒論やその引き継ぎなどで押せ押せ。いったいこんな短期間で専門分野の勉強研究もあったもんじゃないなというのが正直な感想です。大学生は遊んでばかりといわれて久しいですが、文系と理系や大学によってもだいぶ違いが大きいようです。
すでに大学が本来の存在意義からは外れてしまっていることは明白で、にもかかわらず膨大な費用が掛かるこの「先進国」。
娘も奨学金を借りていますからマイナスからの出発なわけです。
「義務教育」で本来最低限世の中で困らない教育を施し、それ以上学びたいものが高等学校へ行き、さらに専門的な学問や研究をするのが大学だったのではないのか。
いつのころからか、大学卒という学歴はすべての前提になりつつあるような状況。行っていないと「落ちこぼれ」のレッテル。けれど、その大学で実際どの程度身に着いているのか疑問に思うことも。
さらに就活で盛んに言われる「大学でやっていたことなど意味がない」。ならなぜ大学へ行かなくてはいけないのか。早くから就職し教育したほうがお互い有意義ではないのか?
そして逆に仕事に結びつかない「学問」は無意味なんだろうか。「学問」というものは「利益」とは別の価値があるものじゃないんだろうか。


今から学生に戻りたいかといわれたら戻りたくないですが、生活のための仕事と本来の意味の「学問」が両立できる人生が送れたらなんて贅沢なことだろうと思う。
それも努力次第でしょう?といわれちゃったらもう何も言えないんですけど(=_=)

来週の金曜日にはすでに入社式を迎えている。
まぁ、がんばれ。娘。

そしてとりあえずお疲れ様>私。
スポンサーサイト
comment (2) @ 南米