雑記:自己ベストを超えること。

2016/08/11
リオオリンピック楽しんでます。
前半に好きな競技が集中しているので、もうほんっと、会社なんて行っている場合じゃないのよ!といいたいっっ
(といいながら地元民としては「東京開催」はあまり嬉しくないです。すみません)



オリンピックが近くなるにつれ、いろいろなスポーツ選手の逸話番組も増えていました。
少し前に、過去の大きな話題となったスポーツのライバル関係のあれこれの真相みたいな番組を見ていましたが、
結局、選手本人ではなく、協会のお偉方の都合だとか、マスコミの無茶ぶりだとか、一般人の無責任な期待だとか、
そういったものでどれだけの人生狂わされてきたんだろうかと涙が出た。

が。
それ以上というくらい驚いたのは、その一流と言われる選手たちのメンタルの強さ。
むしろ同情なんて必要ないんだ、一般人の同情なんてそれもまた責め立てるのと同じくらい無責任なんだなと思い知った気がしました。
最近もどこかの芸能人だか、評論家だかが「金じゃなくてもいいじゃないか」「いや、そう思う方が失礼だ」というあれこれがあったような記事を見た気がする。
どちらも間違ってはいない。
みんな頂点を目指す。自分はできると思い込ませないとそこまで行けないというのも事実。
でもそれが果たせないことを責めるのも違う。
「メダルかどうか」より、一番なのは記録と気持ち両方の面で「自己ベストを超えたか?」って部分じゃないのかな。
自らを超えることが出来たのなら、その結果を上回る選手がいてもそれは仕方ないのだ。世界中から一流選手が集っているのだから。
気持ちは大切だけれど、時として何かを超える力にもなることはあるけれど、私個人的にはあまり根性論は好きじゃないです。
何の漫画の台詞だったかな?「気持ちの差だ」といった相手に
「そうは思わない。負けた方には気持ちがなかったってことじゃないはずだ」というのがあって、そうだよねと思った。
気持ちがあっても越えられないものもあって、それは当人の努力だけではないはず。
様々な条件が上手くガチっとあったものが結果、勝者となるんだ。
自己ベストを超えられなかったのならそれは悔いも残るだろう。でも過去の自分を超えたのなら、結果何番目だってそれは誇ってもいいじゃない?
「あと一歩」とか「残念」じゃなくて「よくやった!」って言っていいじゃない?

運動神経には縁のない私は、あんなに身体が自在に動かせることがうらやましくて仕方ない。

目指すのはあなたのベスト。過去の、今現在の自分を超えること。
頑張れ、全選手。美しいプライドを持って戦ってください。
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